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おやさま物語|中山家貧のドン底を生き抜くみちすがらの中の教え!

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ミヨピンでーす!
こんにちは!柚子っ子ミヨピンでーす!今日は会長さんよろしくお願いします!

会長さん
こんにちは!ミヨピン、前回は25年を経ておびや許しがよろずたすけの道あけとなって、おやさまが65,6歳の頃、文久2,3年の頃、庄屋敷村のおびや神様の名が大和国中に広まったようですね
ミヨピンでーす!
25年という長ーい年月が経ったんですね
会長さん
次第におやさまの名が広まっていくと、世間の妬み、嫉みがおきてくるものです。おやさまの所に金銭の無心に来るものも現れてきたときかされています。


最後の田地を手放す!

農家のおじさん
秀司はん、どこへ
秀司様
お金が要るので最後の衣類を売ってきたんですよ、人さんに施すお金がなくなったんですよ
農家のおじさん
ほどほどにせんと、
秀司様
親神様の思し召しなんです
会長さん
秀司様は、残った最後の田地(三町歩=土地の面積)を同じ村の足立重助さんに年切質という形で手放しました。
ミヨピンでーす!
えっ!それは大変だあー!大丈夫ですか?

容易ならぬみちすがら!

会長さん
時は、嘉永7年鎖国がやっと終わろうとしていた、翌年安政2年大地震があり、被害が各地に広がり、日本国中は大変な時期だったんです。

会長さん
おやさまが56歳から10年間は中山家は容易ならぬ貧のどん底の中、秀司様は木綿の紋付を着て青物や柴を商いをしていました。みんなから紋付さん!紋付さん!と親しまれていました。
こかん様
お母さん、もうお米がありません
みき様
ああ、そうかや、ま、ええやないか
こかん様
けど、お母はん!
みき様
こかん、世界には枕もとに食べ物を山ほどつんでも、食べるにたべられず、水ものどをこさんというて苦しんでいる人もある そう思えばわしらはけっこうや 水を飲めば水の味がする 親神様がけっこうに おあたえくださる どれくらい つまらんとても つまらんというたらいかんで けっして乞食はささぬ
会長さん
このように苦しい暮らしの中でも、その中から人々に施されていた、又秀司様も寒い人に自分の紋付を脱いで、寒いから着てきなさいと言って与えられたんですよ


安政4年おやさま60歳!信者がお礼にくる

農家のおばちゃん
おやさま、お米ありがとうございました。4合しかありまへんけど!
みき様
返しに来てくれはったんか、おおきに!
会長さん
安政4年おやさま60歳神のやしろになられて、20年目に信者さんが初めて4合のお米を持ってお礼にこられました。25年という長い年月、人に笑われそしられてお通りくだされ、ようやく、おやさまの真実に触れて、真実を求めてくる人が出てきたのです。
ミヨピンでーす!
本当に中山家の人々の御苦労は容易ではなかったんですね、普通ならば心倒れてしまいますよね。本当にひながたですね!


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