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マザー・テレサ生涯まとめ|子供に伝えたい偉人!

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ミヨピンでーす!
こんにちは、柚子っこミヨピンでーす!
牧師さん
初めまして!ミヨピン、よろしくお願いします。
ミヨピンでーす!
牧師さん、今日はマザーテレサのこと教えてもらえますか?
牧師さん
はい、わかりました!


 1979年10月16日ノーベル平和賞受賞!

 

ミヨピンでーす!
マザー・テレサはいったい何されてノーベル平和賞受賞したの?
牧師さん
はーい!マザー・テレサは、自分の貧しい人々、不治の病にかかった人々をたすけるため、生涯を注いだのです。その功績によってノーベル賞平和賞を受賞したんですよ。

それでは、マザー・テレサの歴史をたどってみましょう!

マザー・テレサの誕生と生まれた所

誕生日    1910年8月26日(明治43年)

生まれた所  ヨーロッパ バルカン半島の中央の都市(スコピエ)

本名     アグネス・ゴンジャ・ボジャジュ(アルバニア人)

家族の絆

牧師さん
両親は熱心なキリスト教(カトリック)の信者で、一家は明るく笑い声が絶えない幸せで、マザーは愛に包まれて育っていたんです。

しかし第一次世界大戦が没発します。父親である二コラは、商人でしたが、バルカン半島での民族問題が起こり、お父さんはマザーが9歳のとき、突然亡くなります。

マザーは、お父さんの死がどれほど深い傷を残したかわかりませんでした。

マザーは3人兄弟の末っ子で、6歳上に姉アーガ3歳上に兄ラザロがいました。姉や兄から「ゴンシャ」とは「はなのつぼみ」「ちいさな花」と呼ばれていました。

 

運命が変わる!マザー一冊の本に出合う!

そんな時マザーの苦しみから救ったのは、信仰でした。その時一冊の本に出合うのでした。その本はカトリックの聖人アッシジの聖サンフランシスコの生涯を描いたものです。13世紀にフランシスコという人が、修道者になり、イタリアが戦争で明けるれる中、神の命を受け路頭に迷う人々を救うため生涯を捧げました。

「主よ あなたの平和をもたらす道具として わたしをお使い下さい 苦しみのある所には 愛を・・・」

👆このことばにマザーは心打たれたのが、フランシスコの祈りです。

マザーは、はじめて自分の未来、自分の生きる道が目の前に広がったのでした。

お父さんが亡くなってからお母さんやお姉さん、お兄さん、マザー、はどんな暮らししてましたか?



 

家族の別れ

お父さんの死後、お兄さんのラザロは、1925年アルバニア共和国に行き、職業軍人になったそうです。

お姉さんアーガもしばらくしてお兄さんのいるアルバニアに行き又2年後お母さんも呼び3人でくらしていました。それから5年後お兄さんはイタリアにいきました。

しかしアルバニアは鎖国状態をとり、お母さんとお姉さんはその国から、身動きできなくなって、お兄さんやインドにいるマザーにも会うことができなくなりました

マザーは、インドに行って修道女になる

ミヨピンでーす!
マザーは、なぜインドなんですか?お母さんは寂しかったんじゃないですか?

 

牧師さん
そうですね、マザーが18歳の時、インドのカルカッタに何人かの宣教師が行くという話を耳にします。

その話を聞いた時、12歳からの思いが「私の一生を神様に捧げよう。私は神の使いとして、貧しい人や病気で多くの人が苦しんでいる」インドカルカッタへ行くことを、決意するのでした。

そしてお母さんに打ち明けるのです。女手ひとりで育てたお母さんは、びっくりしました。修道女になるということは、もう二度と会えないという意味なのです。

しかしお母さんはぐっとこらえて、マザーの決心がかたいことを知り、許します。「あなたの手を神さまの手に重ね、いつも神さまと共に歩みます。と言ってマザーに微笑み励ましたのでした。

ミヨピンでーす!
牧師さん今日はマザー・テレサのこと少しわかってきました。又次回のマザー・テレサインドでのご苦労をおきかせください。ありがとうございました。


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